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1.マイホーム計画

 誰しも一生に一度はマイホームの建設を真剣に考える時があるに違いない。マンションに住むというのもマイホームのひとつの形かもしれない。
 いざ、実際に家を建てようとするとさまざまな問題に直面する。まず第一に経済面、環境、そして人との関わり、親との関わり、子供との関わりなどなど。
 既に家を建てたという経験をもとに、忘れないうちに建設までの経緯をここに書き留めようと思う。半面この記録がこれから家を建てようとする人への参考になればという気持ちも含まれる。


 二人目の子供が出来た。このまま親の家に間借りのような生活では、これから不自由するのは目に見えている。必然的にマイホーム計画を立てることになる。
 親の家はもう古い。この家を壊して二階建てとすれば、二世帯住宅も一応のスペースは確保できる。今の世の中、駐車スペースも最低2台分は欲しい。これは車が2台必要ということではなく、お客さん用のスペースも必要ということ。
 完成目標期日は平成6年(実際に完成したのは平成4年)。もっとも、こんな計画がすんなり受け入れられる訳はない。親にとってはすっかり住み慣れた家。いくら新しくなるといっても簡単に取り壊してよいなどという了解が得られる訳がない。

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2.設計図面を描く

 そこで、親にも納得のいく家の設計図面の作成から始まることになる。
 平面計画は、CADと手書きの平行作業で進めていった。この頃はまだJWCADの存在も知らず、機能制限のある見本の2次元CADソフトを利用した。あまり使いやすいソフトではなかった(熟れないことの言い訳でもあるが)。
 住宅専用のCADでは、予め決まった部屋のパターンを当てはめるだけで平面図からパース(透視図)まで作成できるソフトもあるが、当時、これは個人の手に入るような価格ではない。最近では、手頃な価格でアマチュアでも平面図が作成できるWindows用のソフトもあるようだ。
 CADは検討用に使っただけで、役所への提出図面は、結局のところ手書きのものとなった。
 その他に、パースによる検討では、PC-9801 の BASIC で自作した3Dプログラムを利用した。3Dといってもワイヤフレームが表現できるだけで、テクスチャーもない。
 3Dを表示して見たい視点が決まったら、後はグラフィックソフトのお世話になる。しかも交点の座標はXYZをひとつひとつ手で入力する。これでも手でパースを引くよりは簡単に作成できる。見たい視点は後で確認しながら決定できるのだから。
 精度は10cm未満を四捨五入し、1m82cmの場合、1.8と入力する。自分用の住宅パースとしてはこれで十分。
 通常、計画段階では平面図だけで間取りを検討する。私の家の場合、特に立体的に検討する必要があった。狭い土地に駐車スペース2台分は最低条件とし、しかも、敷地が道路より60cmほど高い。こうした環境では、駐車場の上に部屋を作ることで床面積を確保し、全体の高さのバランスを考慮する必要がある。

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3.住宅メーカー

 大学建築科での知識と一級建築士を持っているというだけでは、まともな家は建てられない。生活する場として住まいを観察しなければいけない。ただし、あまりにも知りすぎて常識にとらわれてしまうと却って不便な住まいになるかもしれない。このことに一生気づかずに済んでしまうことも往々にしてある。
 家のことを知るには、一日を家で生活する奥さんの意見は大切だ。
 いろいろな家を見ることも大切。でも、なかなか人の家の奥までは入れない。
 ハウジングセンターに足を運ぶのも役に立つ。しかし、普通、モデルハウスは実際に建てられる家よりも大きめにできている。と思う。気に入った家から間取りを減らしても、縮小してもイメージは変わってしまう。
 敷地が小さいなら、小さいなりのデザインがある。敷地や環境とのバランスも大事だ。
 もっとも、私が常に意識しているのは、機能と性能。デザインは、後で付いてくるという考え方。

 さて、一時期、休日にはハウジングセンターに足を運ぶことがあった。係りの人と話をすると建築関係の人ではないかと(私は現在建築そのもの、特に住宅の実務はやっていない)聞かれることがよくあったが、それでも快く対応してくれた。
 デザイン的、思想的に合うハウスメーカーがあれば、そこに頼んでもよいと考えていた。
 アンケートに答えてしまったところもあるので、2社ほどの営業マンの訪問を受けた。
 1社は鉄骨プレハブメーカーで、一通りのディスカッションの後、私の図面(未完成)を持ち帰って建築可能かを検討してもらうことになったが、その後のコンタクトはなかった。
 渡した図面は、敷地との段差の関係で二階平面をスキップフロアーとした、しかも2台置ける駐車場の上には3間(約5m40cm)の幅を渡す大梁(おおばり)を必要とする。軽量鉄骨構造のプレハブでは、やはり難しいのだろう。
 もちろん費用の制限を付けなければ、どこのメーカーも何とかやってしまうだろうが。結局折り合わなかったということになる。
 2社目は、木造軸組工法を得意とする、このあたり一帯に広く手がけているメーカーであった。こちらは非常に頼りになりそうな押し出しの強い営業マンで、「契約いただければ、その費用の範囲で設計からすべてやります」という。
 ちょっと恐い気がした。その人が恐いのではない。こうしたメーカー主導のやり方で一般の人はお任せしてしまうのだろうか。
 確かにコストパフォーマンスの高い住宅を供給し、近くにいくつもそのメーカーの家が建っていることは確かだが、大抵の人には一生に一度の大事業、こうしたお任せがほとんどかと思うと考えさせられた。
 この人の言うスパンの広い駐車場の実現方法は、駐車場の基礎から壁、天井までをコンクリートで作ってしまうということであった。
 これは安全を十分に考慮すれば正解ともいえるが、私にとっては、あまり面白い方法ではない。

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4.巡り合う

 そうこうするうちに、知り合いのツテで、全国展開している木造住宅メーカーが紹介された。パンフレットを読み、また案内された建設中の住宅を見学に行く。デザイン的(思想的)に非常にマッチするものがあった。
 当方は、いわゆる和風という建物は当初より考慮外としていた。我家の目標のデザインはシンプルイズベスト、ナチュラルな住宅ということになる。これには、実質的な意味もある。コストを押さえたいということ。
 コストといえば、坪単価という評価がよく使われる。これは、正確な評価基準にはならないということは分かっているが、敢えていえば当初、坪40万円で建てられないかと考えた。この40万という金額は地域によれば、まるで意味を持たない。地域差がある。
 我が地域では、不可能な金額ではない。しかし、これで、クオリティを期待してはいけない。なんとか建築基準法を満たして、家が建つという範囲になる。当然、この目標は上方にスライドする。
 このメーカーは我々(家族)にとって、魅力あるデザインの住宅を手がけている。既に、二階フロアの下に駐車場を置くという住宅はいくつかデザインされていた。木造でこのスパン(3間)も実現できるという。
 もちろん、私自身は構造計算を一通り済ませている。木造の場合、構造計算といっても結構あいまいで、出来るかどうかというのは、施工者側として責任を持って建てられるかという意味になる。

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5.マイホーム実現

 このメーカーに出会うのが、2年早かったともいえる。もう少し、家についてじっくり考える時間が欲しかった。ここまで順調に話が進むと、待つということが出来なくなってしまう。
 こうなると、契約までに、こちら側としての見積を作成するところまで進めておきたい。一般の人であれば見積を自分でやるという人はまずいない。設計事務所にお任せするか、多分、工務店から出された総額で交渉ということになる。

 この間に、住宅としてのクオリティは順次上がっていった。もともと見栄えには重きを置かなかったが、クオリティだけは予算の範囲で高めたいと考えていた。
 全国展開する住宅メーカーとして有利な点は、各住宅部材、住宅機器の仕入れに対してスケールメリットがあるということ。これは、消費者にとってもコストに跳ね返ってくる。この点は、プレハブメーカーも同じだが、プレハブよりは選択の自由度は高い。
 話が実現の方向に進むと、なぜか当初あてにしていなかった援助が現れてくる。両方の親からの祝い金も期待できる状況になってきた。こうした計画から完成までの長い期間には、忘れていたボーナスの収入もある。

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6.仮住まい

 建替となると建築中の住まいを確保しなければならない。その間の家財道具の置き場所も必要だ。
 幸い敷地の奥に20坪ほどの増築部分があり、そこを残すことにしたので、両親とともに家族6人狭いながらも半年ばかりそこに住むことになった。家財道具は、近所で空いた部屋を貸してくれるという。
 ここには、トイレもなければ風呂場もない。トイレは仮設も考えたがどうにも不自由だ。部屋の隅に水洗トイレを設置した。浴室はこれから春ということで、仮設のシャワー室(BOX)を準備した。プロパンガスによるボイラーも付いている。洗濯機も使えるようにしたが、クルマでコインランドリーに通ったりもした。
 親が1階、我々は2階。我々子所帯用に以前改築した6帖ほどのダイニングもあったので、これで何とか生活環境は整った。6人同時に食事できないので、時間差利用とした。

 毎年パソコンの周辺機器の増設やソフトの購入で10万から20万円は使っていたのに、この年は出費0円。パソコンは家作りの準備には使っていたが、パソコンの面倒まで見る余裕はなかったようだ。たまたま、バージョンアップの連絡もなかった。パソコンにいくら使ったかはマルチプランに結構こまめに記録していた。
 この頃のソフトといえばまだDOS版ばかり。表計算がこのマルチプラン、ワープロソフトは日本マイコンのテラ3世。三種の神器のもうひとつがデータベースソフトで東海クリエイト(当時)のスィング。データベースといえば当時dBASEとかR:BASEなどあったが非常に高価であった。スイングは6万円程度であった。現在では、6万もあればOffice Proが購入でき、これら三種の神器は全て揃ってしまうのだが。
 スイングは、C言語に似た構文でプログラミングが出来る。C言語に比べれば、手続き処理は簡単で日本語入力も特に考える必要がない。1モジュール64KBという制限には苦労した。これで住所録を作成した。
 住所録といっても知り合いの住所を記録するだけではない。いわゆる著名人のデータベースとなっていて、結構膨大なメモが入力されている。メモは1行の文字数を決め、1行を1レコードとした。1行ごとに記入した日付が自動でインプットされる。これが集まってメモだけのデータファイルになる。メモ行の行順変更も出来る。このメモには、ロータス創始者のミチェル・ケーパー(ケイポアと表記されることもある)やアップルの創始者二人のスティーブ、日本ソフトバンクの孫正義(ソンという姓で日本国籍を取った)なども入っている。
 後に、このデータベースをACCESSに入れ替えるには苦労した。行ごとにバラバラのレコードをひとつのメモフィールドにまとめなければならない。
 話はそれてしまったが、この翌年あたりからDOS/Vが騒がれ、Windowsも3.1となり、私のパソコン環境も変わってきた。まだ、話はそれている!!

 初春の着工から夏の竣工まで、出来つつある家のことばかりで過ぎていった。順次決めていかなければならないこともある。こうした中で楽しいのは、完成に近づき壁のクロスや照明を決める時だ。
 クロスは名古屋のサンゲツのショールームへ行き、照明もやはり松下電工名古屋ショールームへ行く。松下へは各階の平面図を持って行き、ショールームのきれいなお姉さんに各部屋のイメージや予算などを説明し図面のコピーを置いてくる。
 一週間ほどすると照明器具のカタログときれいに仕上がった写真付きの参照図面と見積書を送ってくる。これをさらに検討し各照明を決定する。購入する電気店はどこでもいい。ここで値引き交渉をする。松下電工には照明だけでなくインテリア、エクステリアと家に関する広範囲な製品が揃っている。

 こうして家は完成していく。この間にはいろいろあった。祐の交通事故。7mも飛ばされたと聞くが、奇跡的にかすり傷ですんだという話。
 建前の午前中は晴天、「餅投げ」をしようとしたら雨。このあたりはまだ「餅投げ」の風習がある。小雨になるとやがて人が集まってきた。結局、「餅投げ」は実現したという話。

まだ、家具のない部屋は広い!!

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