BRAUN:ブラウンといっても茶色ではない。綴りも違うようだ(brown)。今日はブラウンシェーバーを買ってきた。これでもう3つ目になるが、こんなに長持ちする頑丈な電気カミソリもない。
初代は、充電部分が故障したが、本体は動作していて交流電源でもうしばらく使いつづけていた。もちろん相当年数経過した後だ。
2代目は本体はもちろん充電部もちゃんと動作しているが、どこかに酷くぶつけたらしく、キワゾリの部分が外れてしまった。
大学の生協で買った日本製のシェーバーは大概1年ほどで故障が起きていた。学生の身分、安物ではあったがシェーバーは壊れるものとあきらめていた。
ブラウンの名前を知るのは中学時代の話にさかのぼるが、ある社会科の先生は、この頃からブラウンを盛んに誉めていた。年表は忘れても、こういう事は覚えている。で、ブラウンがよいことは知っていたが、苦学生の手に入るような価格ではなかったように記憶する。
電気屋で話を聞くと、現在ブラウンとナショナルでシェアを2分しているとのこと。どちらも内刃が左右に振動する3枚刃が最新らしい。左右の振動はより高速の方が切れ味がいい。
ブラウンは Ultra Speed といっているが、ナショナルの方がより高速に動作する。しかし、こんなことだけでは迷わない。もうブラウンと決めている。
もうひとつ特徴を付け加えると、ブラウンは充電・交流両用であるが、ナショナルは充電のみ。学生時代には充電部の故障で使えなくなったものもある。ブラウンでは充電できなくなったとしても交流で使いつづけることができる。今や充電部の堅牢さも実証済みだ
と、まあ、まだ買ったばかりで使ってもいないうちから、こんな事を書いている。(^^;
首振りヘッドというのもこれから試すことになる。
帰りの名鉄電車で少し乗り遅れると空き席はないのであるが、ひとつだけ空いていた。二人がけの席の手前には菊川のカップを持った小汚いジャンバー姿の酔っ払いのおじさんが席を占めていた。どうやらみんな敬遠していたらしい。
「席いいですか」と声をかけると意外や「どうぞ」と笑顔の返事。奥の席につくと右肩の窓枠には真空包装された練り物のおつまみが置かれている。
日経Netnaviを取り出してパラパラしていると、「横文字。すごいな」の声が横から。NewsWeek あたりと間違えたのだろうか。
「これは日本語の雑誌で・・・」と説明すると、「昨日から飲んでいて、酔っ払っていて目がよく見えない」との答え。
そのままページをめくっていると「お台場より葉山がいい」と横から、またまた声が。
何のことだろう。雑誌をよく見ると”お台場へ行こう”という大きなタイトル文字。この文字は読めたらしい。だが、葉山とどういう関係があるのだろう。
話を聞いていると、なんと、このおじさんは葉山でピザを作っていたという。
それにしても葉山とお台場の関係?
記事を見ると”カーナビインターネットにチャレンジ”でイタリア料理を検索してお店へ行くというのがテーマになっている。なるほど、葉山とお台場はイタリア料理で結びつく。
どうやらイタリヤ料理の料理人であったらしい。現在も料理人かもしれないが、どうにもそのようには見えない。だが、見かけによらないとは、このことだろう。
この酔っ払いのおじさんの口からは「ピザが出来るまで1時間かかる・・・チリソースは・・・具は・・・お客さんにおいしいといわれると嬉しい・・・」と続いていく。
毎日の通勤電車では時に大きな声で怒鳴って周囲に迷惑をかりる酔っ払いもいる。こういう人も普段は気の小さい人なんだろう。また、逆に周囲と隔絶されたように周囲に全く気を使わない身なりだけきちっとした紳士というのもいたりする。
この人は身なりこそ酔っ払いであったが、なかなか気さくな楽しい人であった。話もしっかりしていて昨日から飲んでいるとも思えない。長い通勤生活の内にはこういう出会いというのもあったりする。
お台場の話に戻ると今度は「お台場より横浜の金沢八景の方がいい」という話になった。金沢八景でもピザを作っていたのだろう。
この酔っ払いのイタリア料理人は、つまみを残したまま熱田の神宮前で降りていった。
社内LAN の置換えで古い 10BASE-T( 10BASE-2 付き)の HUB と LANケーブル3本をもらうことになった。HAB をもらって母屋をとられることになるかも知れないが、いよいよ家庭内 LAN をやろうと思い立った。
サーバーとなるネットワークOS として Linux は以前よりさとうさんからいろいろ聞いていたが、たまたま雑誌インターネットマガジン4月号に「FreeBSDでインターネットサーバーを作ろう」という CD-ROM付きの記事があった。FreeBSD についてはサジさんのホームページでつい最近知ったものである。
雑誌の FreeBSD のバージョンは 2.2.5 の最新版ということだが PC-AT互換機を対象としたものだ。
これで、Win95 のお牛をサーバーにできる。ところが、これを UNIX にしたら Win95 は同時に使えない。
NEC の i386SX機をサーバーにしたらどうだろうか。どうやら、FreeBSD は、この古いマシンでも動作するらしい。これはグッドアイデアである。これで、3機種とも丸く収まる筈である。
結局、FreeBSD(98)徹底入門という PC-9801 にインストールできる CD-ROM のついた参考書を購入することにした。
もちろん、10BASE のイーサネットボードも3種類用意した。
もうひとつの問題は、今や祐のマシンのため DOS と Windows3.1 のゲームを残すと、ハードディスクの空き容量が178MBしかないことだ。甘く考えていたが、どうやらまともに動作させるには500MBは欲しいところだ。
この少ない容量の HD のパーテーションの配分に自動を選んだが、適正な配分が出来なくて、結局手動で行った。結果的にはインストールに成功したが、このあとのコンフィグレーションで手間取った。
いまのところ VGA の低解像度だが X-window も動作することが分ったが、最終目標の LAN の構築には至っていない。
LAN 構築に至るまでの経緯はおいおい報告しよう。・・・果たしてうまく行くか。
MAC も「キッドピクス」やゲームをやる時には気にならないが、インターネットブラウザで画面をスクロールする時などは非常に重い。PowerPC は Pentium の同クロック相当と聞いていたが、どうやらもっと遅いようだ。
これは2次キャッシュがないせいかと思いついた。2次キャッシュは容量の割には当然高価だが、256KB も8千円程度で手に入るということで、大須の MAC専門店に足を運んでみた。
マニュアルに従ってマザーボードに取り付けようとするのだが、非常に硬くてうまく入らない。静電気にも非常に弱いと店の人から聞かされていた。
なんとか収まったような気がして、本体に取り付けるが、MACは起動さえしなくなってしまう。
お店に電話すると本体毎持ってきてくれという。それは無理だということで2次キャッシュのみの交換に応じてくれた。
交換はしたもののこれがうまく行くという保証はない。なんとか取り付け、なんとか動くようになった。だがなんとも頼りない。
メモリカードを上からまっすぐに思いっきり押すのだが、どうもぐらぐらしているのだ。これ以上の力で押し込んだら、カードかマザーボードのどちらかが破損してしまうだろう。
今まで、DRAM の交換は何度もやっているし、MAC の RAM も増設しているが、全く勝手が違う。ここまで押し込めばよいというカチッとした感触がないのだ。
この頃、祐に頼まれていた「アクアゾーン」の「ジルコドラコ」という異種の金属魚(タツノオトシゴ)を買うために同じ店に寄ってみた。
このソフト代はもちろん祐が出す。プレゼントがもらえるのは誕生日とクリスマスだけなのだ(とはいうものの結構例外がある)。お正月にはお年玉がもらえるしアルバイトもやっている。
アルバイトといっても1週間お風呂洗いをすると10円もらえるというおかあさんとの契約だ。
おかあさんの論理は、子供がお手伝いをするのは当り前のことで、お金を出すこと自体間違っているが、それではかわいそうなので気持ちとして10円払うということだ。よって、高額商品代のソースはお年玉ということになる。
この風呂洗いも1年以上続いているので決して3日坊主ではない。この点に関して、カブスカウトもスイミングも、お友達がやめていくなか、まだ続いているのには親であっても感心する。
この時ついでにしっくりこない2次キャッシュの取り付けについてお店の女性店員に話をすると、上からまっすぐに押し込んだのでは入らないという。先ず、片方を押し込んで、次にもう一方を押し込むというようにしないと入らないという。
それでは壊れてしまうのではないかと心配したが、心配は要らないという。今まで、CPUも含めて真っ直ぐに押し込んだことはあるが、ジグザグに押し込んだことはない。
半信半疑ではあったが、テーブルに本を置きその上にマザーボードを置いて作業した。片方を押し込んで、もう一方を押し込むとグサッという音がした。これが手応えだった。 確かに、きれいに収まっている。
マザーボードを本体に取り付け電源を入れる。見事に立ち上がる。既に、動作していたのだから、動くのは当り前だが、心持ち前よりも高速になったような気がする。
あくまで、気がするだけだが。・・・これで、気持ちはスッキリした。