ホームページの画像の位置を変更した。ALIGN="left"を置けば画像の右に文字列が並ぶ。この設定の画像を二つ置き、間にBR CLEAR="all"で上下に並べていた。このBR CLEAR="all"を外せば、画像が横に並ぶことになる。
IE3.0では二番目の画像の次に置いたHRタグの線がそれなりに表示されていたのに、Netscape2.02では、初めの大きな画像の裏に二番目の画像の次に置いたHRタグの線が隠れてしまった。
まず、IE3.0では画像が二つ横に並ぶということは構造的にはネストになっているということなのか、BR CLEAR="all"を二つ目の画像の下の行に二つ並べると二番目の画像の次に置いたHRタグの線が初めの大きな画像の下の行に表示された。
ところが、Netscape2.02では、次の表示が、初めの大きな画像の下に表示されず、そのまま初めの大きな画像の裏に隠れている。
本来、どちらが、正しいのだろうか。いずれにしても、こうした仕様の違いというのは吸収の仕様がないようだ。
・・・やっと、結論まで導いたけれど、上の説明じゃあ分からないかも知れないな。
小学校に入ったMACには、音楽用のキーボード、デジタルカメラなどフル装備という。でも、全部で9台。ひとクラス30〜40人。週40分のカリキュラム。するとひとりがMACに触れる時間は週に10分そこそこ。う〜ん、ちょっと少ない。
前回、MAC騒動にふれたが、これは機械の故障であったらしく、やっと修理されて来たという。この間、8台のMACしかなかったことになる。
学校にMACが入ったことで、MACを買う家庭も現れたようだ。
キッドピックスとかのエデュテイメントソフト、ドリルの方は正解するとイルカが輪をくぐるとか楽しそう。
学年で使い方を一番知っているのは「祐(自分)とK君だけで、他の子に教えている」という。あんまり得意になってはいかんと思い、意地悪くもその内には抜かれるんだからというと、「自分もそう思う。でもひとつだけ1番でいられるように頑張るからいいよ。」という。
「シュミレーションゲームだけは誰にも負けないように一生懸命やるからいいよ。」と、これって「大戦略V」を買えってことかい。
ゲームは誕生日とかクリスマスにしか買ってやらないことにしている。ところがその頃になると、本人(祐)は他のものに目が奪われてすっかり忘れているのだ。
どこで読んだのだろう、直方体を見た時、辺の中央は丸く膨らんで見えると。
一般に、近いものは大きく、遠いものは小さく見える。四角形を中央から見ると辺の中央は最も近く辺の交点は最も遠いので、辺の中央は大きく膨らんで見えるとしても不思議はなさそうだ。
通常パースを描く時には、辺の交点を結んで直線にしてしまうので、このようにはならない。しかし、辺の交点からもう片方の交点までを無数に分割して計算していくと中央が広がった曲線となるであろう。
ところが、実際の高い建物を比較的近いところから見ると建物の中央から最上部に向かって逆に広がって見える。このように見えるのは私だけではないだろう。古代ギリシャのエンタシスや法隆寺の柱は中央に膨らみを持たせている。柱をまっすぐにすると中央が細く不安定に見えるからではないだろうか。
とすると直線で構成される現代建築のパースを自然に見せるには建物の最上部がやや広がった感じに見せる必要がありそうだ。
写真では特殊なフィルタをかけない限りやはり中央が膨らんで見えるはずだ。ここが、写真とパースの違いだろう。
パースでは交点を直線で結ぶというのは、辺を無数に分割して計算して結んだ曲線よりも、目の錯覚に沿うより自然に近い簡略手法といえそうだ。
最近は自動改札が定着したようだ。自動改札が設置され始めた当初は、定期入れから定期券を取り出すのが不便で、自動改札を避けていた。乗客も慣れないせいか、改札を通過するのに以前よりも長い行列を作っていた。券がどこかで引っ掛かりしょっちゅう警告音を発していた。駅員も以前よりも忙しく駆け回っていた。
その後、定期入れも定期券が引き出しやすいように改良されてきて、私も観念して自動改札を使うようになった。却って、自動改札の方がスムーズに流れることが多くなった。
ところが最近、とんでもないことがあった。私の前を女性が通過した。次に私は定期券を投入した。その女性はややもたついていたものの定期券を抜き取って去っていった。この時、私の定期券が機械から出てこないことに気が付いた。たまたま近くにいた駅員にそのことを訴えた。そうこうするうちに、ある女性がその駅員に、「これ落ちてました」といって定期券を渡した。これは、もちろん私の定期券。
この間、数10秒。たぶん、真相は、次のようだ。女性が定期券ではなく切符を投入した。この女性がややもたつくうちに何やら券が出て来た。つい出て来たものは取り出すという動作が無意識のうちに行われたのだろう。しばらくするうちに、ことの結果に気が付いて、返そうとしたが「私が抜き取りました」ともいえず、「これ落ちてました」となったのだろう。あるいは、抜き取った女性は本当に捨ててしまい、それを拾った女性が届けてくれたということだったとも考えられる。同一人物であったかどうかも今となっては確認できない。
定期券が返ってよかったとしかいいようがない。まあ、自動改札では、あわてるなという教訓だ。
自動改札のあの時の本当の真相が分かった。つい先日のことであるが、改札口をいつもの通り抜けようとした。いつもは通勤かばんだけのところ、今日は雨傘を持っていたことも手伝い、私が、もたついてしまった。わずか間を置いたものの、いつものように通勤定期を抜き取った。
と、この時、確かにいつもと違う感触があった。もちろん抜き取ったのは私の定期券。だが、抜き取った瞬間、何かが目の前をかすめた。気が付くと、その先の床に定期券が落ちていた。トランプ手品の早業のように、ほんの一瞬の出来事であった。
その定期券を拾いながらも、後ろの人を見ることは忘れなかった。案の定、その人は券の出口を見つめたり、戸惑いの表情はありありだ。これは、あの時の私の姿に違いない。
先回と違うのは、この状況を私は既に体験しているために、この定期券が後ろの人のものだということが分かっていること。私がその定期券を拾って本人に直接手渡したということだ。
定期券は改札機の中をものすごいスピードで抜けていく。定期券が出る瞬間、出口でぴたりと止まる微妙な力がその券に加わるようになっているのだろう。この時に、外部からの力がわずかでも加わると、そのままの勢いで外へ抜け出てしまうということのようだ。
教訓その2。改札口では自分がもたつくと人に迷惑がかかることになる。